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鎌倉幕府を開いた源頼朝をはじめとする源家が坂東三十三観音霊場の制定には大きくかかわっていたとされています。 特に、頼朝は銀の観音像を「守り本尊」として熱心な観音信仰者でした。 また、東国の武士たちが平家追い討ち折に西国におもむき、そこで京を中心とした公家文化に接し 直接西国札所を拝したことが坂東創設の後押しとなったといいます。 鎌倉から西国に巡拝するのは容易ではなく、板東八ヶ国から三十三の寺院が札所として選ばれました。 坂東は回り方にもよりますが全行程約1300kmもあり、徒歩で歩むには約40日の苦行です。
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