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【物語】
昔、近江の商人が東国へ行く途中、湯尾峠へさしかかると「近江の国に疫病をはやらせようと思ったが、定朝が観音像を作った為、その霊験で思うような事ができず、近江に見切りを付けて、東国へとゆくとしよう」と話している不思議な声を聞いた。商人は、たいそうおどろき、定朝にこの話をした。すると定朝は「それは大変だ。この観音像を東国へ持っていき疫病から救ってやりなされ」と言った。商人は像を抱いて東国を訪れ、疫病を救う為にと領主に願い出て、母巣の森に御堂を建てて観音像を安置したところ、東国の疫病はことごとく退散したそうである。これが母巣山蔵福寺の草創である。
札所十五番は、草創期より、江戸幕府末期までは、母巣山蔵福寺と呼ばれ、秩父妙見宮の別当寺として栄えていた。明治の世になり、排仏毀釈(はいぶつきしゃく)の影響で廃寺となったが、その後、同地
柳島(現東町)にあった五葉山(ごようざん)・ 少林禅寺が、民衆信者の誓願によって民制役所のお許しを得て、札所として母巣山少林寺(寺院としては五葉山少林寺)と認められ、信仰を集めていいる。
【記事】
これまでの札所とは違う印象を持つ本堂は、明治11年(1878)の秩父大火の後、防火に力を入れて洋風の建築方法を取り入れており漆喰塗籠(しっくいぬりごめ)、土蔵作りの建物で異彩を放っている。本堂右側の境内には、秩父事件で殉職した2人の警官の墓があり、時の内務大臣山県有明が碑文を書いている。
【ひと言】
少し小高い場所に位置し、すぐ近くには線路が通り、踏み切りの警報器の音が鳴り響いて賑やかである。このあたりには、バーやスナックが立ち並び、どこか下町の風情が感じられる。
【御詠歌】
みどり子の母巣の森の蔵福寺
ちちもろともにちかひもらすな
【所在地】
〒368‐0041
埼玉県秩父市番場町7-9
【電話番号】
0494‐22‐3541
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